日本経済のターニングポイント

「日銀不況」という言葉があります。1989年に就任した日銀の三重野総裁(当時)が「バブル潰し」に執念を燃やし、徹底して景気を引き締めた結果、現在まで続く「失われた20年」を招いたというものです。「平成の鬼平」といわれた三重野氏のポリシーを、その後の歴代総裁も引き継ぎ、「日銀はデフレを喜んでいるのでは?」と囁かれるような金融政策がずっと続いてきたという人もいます。実質的な「デフレ・ターゲット政策」です。ただし、「インフレなき成長」を目指したため、日本だけはドットコムバブルやサブプライム・ローンの害悪に染まらず、リーマンショック時にも莫大な資金拠出をして世界経済を滅亡の淵から救うという貢献ができました。

しかし、それももう限界でした。日本のみが「デフレ・ターゲット」、つまり「市中に回るお金を抑える」という政策を続けるているのに、リーマンショックによる金融・経済の大崩壊を防ごうとアメリカ、ヨーロッパが猛烈な勢いで「お金を刷りまくる」という政策をとったために、壮絶な超円高圧力が働いてしまいました。「ヨーロッパやアメリカに比べたら、日本経済はまだマシ」という消極的な理由も超円高に拍車をかけました。デフレと超円高をなんとかしないことには、日本はつぶれる寸前というところまで追い込まれたのです。

そんな折、昨年の11月、ワールドメイトの氷見神業で、「1008万倍菊理姫やりくりをしのぎ、困難をしのぐ、しのぎ黄金運を授ける神事!」が行われたのは記憶に新しいところです。もともとの「デフレスパイラル復興、経済復興、財運復興、金運復興神事」が、バージョンアップしたものです。その後、今年1月の熊野神事の前後から、急に流れが変わったことに注目しておられる方も多いでしょう。そして先月、日銀の白川総裁が、じつに23年ぶりに実質的な「デフレ・ターゲット政策」を捨て、「インフレ・ターゲット」に転じたことを受け、猛烈な円安が進んでいます。やはり、日本経済の歴史的なターニングポイントのひとつだったようです。

もっとも、現在進行中の欧州危機の行方によっては、状況がどう推移するか予断を許しません。中国バブルが本格的に崩壊したりすれば、ちょっとやそっとのインフレ・ターゲット政策など吹き飛んでしまいます。経済危機への対策は、これからが本番です。

しかし、苦しみのなかで方向性を模索し、努力に努力を重ねた結果、日本経済に「よい兆し」が芽生えつつあります。「失われた20年」のさなかに、GDP規模は中国に抜かれて2位に転落しましたが、本当の勝負はこれからです。いましばらくの大きな山坂を越えたなら、そう遠くない未来にきっと、神様が予言された「古今未曾有の大繁栄」がやってくることでしょう。

その日を信じて、がんばりましょう!


■「インフレ目標2%」主張も 2月の日銀会合

 日本銀行は16日、2月13~14日の金融政策決定会合の議事要旨を公表した。この会合では、1%の物価上昇率をめざす事実上の「インフレ目標」の導入を決めたが、議論の中では、もっと高い「2%」をめざすべきだという主張もあったことが明らかになった。

 日銀はそれまで、政策委員が「望ましい」と考える物価上昇率が「2%以下のプラスで中心は1%程度」だとして、それを「政策委員の理解」というあいまいな表現で公表していた。

 2月の会合では、多くの委員が「日銀の政策姿勢が伝わりにくいとの指摘が一部にあり、『理解』として示していることがその一因」だと指摘した。「『日本銀行としての判断』という形で公表すれば、日銀が目指す物価の安定をより明確にできる」と述べ、事実上のインフレ目標の導入について議論することになった。