こういった行為を「日本」と呼ぼう

ワールドカップの初戦敗北は残念でしたが、まだ次があります。がんばれ、日本代表!

ところで、ブラジルでのわが日本代表の振る舞いや、日本サポーターの態度が、世界に非常なインパクトを与えているそうです。

多くの国で、サッカーの熱狂的なファンは「困った人々」の代名詞だったことがあります。飲んで、騒いで、盗んで、破壊して、火をつける「フーリガン」たちのニュースが連日のように紙面を賑わしたものです。

しかし、日本代表は勝とうが負けようがどこまでも礼儀正しく、サポーターたちは公共道徳に満ちています。世界の基準からみると「あり得ない」行動です。

サッカーの勝ち負けとはまた違った意味で、世界が注目するワールドカップで日本の評価が上昇するのは素晴らしいことです。

日本の国はふたたび躍進し、新たな黄金時代に向かっています。やがて、ミロクの世がくるとき、日本は世界にとって非常に重要な役割を果たすとされることの意味が、よくわかる話ですね。


■W杯デイリーコラム:日本が世界に教えていること

2014/06/18 18:56:00

チームやサポーターの行動が世界で話題に

サッカーのワールドカップ(W杯)で大事なのはピッチ上で勝つことだ。日本代表が基本的に「勝てるチーム」と見なされるようになるまでにはまだまだ長い道のりが残されているようだし、タイトルを争えるチームとなればなおさらだろう。数字的に見ても、これまでW杯で15試合を戦っての戦績は4勝3分け8敗というものだ。

だが、W杯は必ずしもサッカーだけではない。オリンピック以上に世界がスポーツの名の下にひとつになり、文化がぶつかり合って混じり合い、願わくばお互いから学ぶことができるような、そういう1カ月間でもある。

1998年のフランス大会以来、日本のチームとサポーターはこの国の文化の良い部分を世界の舞台に届けてきた。だが、ソーシャルネットワークの普及に助けられて、今大会では今まで以上にサムライブルーとサポーターたちの行動が世界中に知られるようになっている。

たとえばイタリアでは、コートジボワールとの試合終了後に日本の選手たちがサポーターに感謝した姿は、大きな感動を持って受け止められた。日本サッカー界の慣行として慣れ親しんだ我々にとっては、ごく普通の光景に見えたことだったとしてもだ。

だがイタリアのサッカーファンにとっては、雨の中でびしょ濡れになりつつ試合に敗れた日本の選手たちが、時間とエネルギーを費やしてサポーターのもとへ赴き、感謝を表すというのはきわめて感動的な光景に映った。数多くのブログやニュース記事、フェイスブックやツイッターの投稿などでそのことが強調されている。

しかし、それ以上に大きく世界に広がったのは、試合終了後に観客席でゴミ拾いをしているサポーターたちの姿だ。

これもまた、日本国内では普通のことでもあるし、あらゆる場所で常識となるべきことでもある。だが多くの西洋メディアは、恥の意識と自己批判を込めて、日本サポーターの社会責任への意識の高さを指摘していた。

たとえばスペイン『マルカ』ウェブ版は、こういった行為を「”市民道徳”ではなく”日本”と呼ぼう」というタイトルの記事を掲載している。その中ではJリーグの基本的にポジティブな雰囲気や、ボランティアの役割、そして一般的に日本人が街路を清潔にしていることも紹介されている。(記事:http://www.marca.com/2014/06/17/futbol/mundial/japon/1403003793.html)

ブラジルのサイト『UOLエスポルチ』も、日本のサポーターが持ち込んだ青いゴミ袋が、試合中に膨らませてチームカラーの応援グッズとなることに加えて、試合後にはゴミを詰めるという本来の役割も果たすことを説明する記事を掲載。「日本人が模範を示した」とのタイトルだ。(記事:http://uolesporte.blogosfera.uol.com.br/2014/06/15/saco-de-lixo-para-torcer-e-para-limpar-estadio-japoneses-dao-exemplo/)

サムライブルーのブラジルの地での初白星はまだ待たねばならないが、日本はW杯における文化交流という面ではすでに大きな貢献をしていると言える。国として誇りに感じて良いことだ。


文/チェーザレ・ポレンギ