スケールが違う・・・

またまた第3回オピニオンリーダーズサミットの話題。

それにしても、新聞記事になってみると、その内容は圧倒的です。すべてにおいてスケールが違います。

評論家として口だけで言いっ放しにするのではなく、お金だけ出して勲章を集めるのでもなく、深見先生の場合は実践に裏付けられた圧倒的な中身があります。あらゆる分野の一流の人々が、「まいりました」と頭を垂れるのも当然です。まさに前人未踏、前代未聞。

何より大事なのは、深見先生は世界のリーダーたちのなかでは、まだ非常にお若く、これから活動期、円熟期に入っていかれることです。

今でさえ、世界のリーダーたちと心からの親交を結ばれ、世界有数の人脈と実力を誇り、世界をあっと驚かすような活動実績を積み重ねておられるところ、10年、20年とたてばどんな「巨人」になられるのか想像もつきません。

目の前で、本当に世界を動かし、世界を良くしておられる深見先生のご活躍をみるにつけ、ご縁をいただいて本当によかったと心から思います。



■オピニオンリーダー集結 元英首相など熱い議論交わす

NPO法人世界開発協力機構(WSD)主催、スポーツニッポン新聞社ほか後援「第3回世界オピニオンリーダーズ サミット」が17日、東京都港区の東京プリンスホテル鳳凰の間で開催された。元英国首相のトニー・トニー・ブレア氏(61)、元オーストラリア首相のジョン・ハワード氏(75)、元フィリピン大統領のフィデル・ラモス氏(86)、自民党の高村正彦副総裁(72)がスペシャルゲストとして登壇したほか、各界のオピニオンリーダーが集結。WSDの半田晴久総裁(63)がモデレーター(進行役)を務め「グローバリゼーションにはチャンスと課題がある」をテーマに熱い議論が約4時間、交わされた。

 歴史ある東京プリンスホテルに熱気が充満した。鳳凰の間を埋めた1800人の参加者は、一堂に会したオピニオンリーダーの一挙手一投足に熱い視線を送った。 

 半田総裁が招聘した顔ぶれは豪華そのもの。ブレア元首相、ハワード元首相、ラモス元大統領。卓越したリーダーシップで英国、オーストラリア、フィリピンをまとめ上げた3人が勢ぞろいしたのだ。

 「今日は司会とあいさつ、モデレーターの1人3役を務めます。人件費の削減です」と半田総裁があいさつ代わりのジョークを口にすると、場内はドッと沸いた。「ここに集った方々は世界のオピニオンリーダーで、皆さんにとっては伝説の3人に会える機会。3人がそろうことは奇跡的。グローバル化が進むとナショナリズムも進むが、日本は普遍性のあるグローバル化の方向に進まなければならない」と話すと、いよいよ注目のサミットがスタートした。

 本題に入り、まずはオーストラリアのハワード元首相が基調講演を行った。テーマは「グローバリゼーションにはチャンスと課題がある」。ハワード元首相は「半田先生、ご招待いただきありがとうございます」と切り出し「オーストラリアを12年間率いるに当たって、グローバル化のメリットを考えた。絶対的な貧困は2000年以降、減ってきている」と述べた。

 ハワード氏はオーストラリアで首相を4期務め、巨額の負債を解消。同国の経済を大きく成長させたほか、第1次安倍内閣と日豪安保共同宣言に署名し、両国の関係発展に寄与した。「国と国との友好関係を個人レベルで築くことができた」と話し、割れんばかりの拍手を浴びた。

 そのハワード氏に半田総裁、ブレア元首相、ラモス元大統領も加わり、ソファに座りながらディスカッション。休憩を挟み、ブレア元首相が基調講演をした。

 「(昨年に続き)また半田先生にお目にかかれてうれしい。私は皆に“半田先生という凄く面白い人がいるよ”と言っているんだ」と話したブレア元首相は「私もハワード元首相と同じ気持ちだ。政府が変わること。それが、グローバル化の時代に望まれること」とスピーチ。97年から07年まで、第73代首相として英国を率いた。首相就任当時は43歳。若きリーダーは北アイルランド問題の解決に乗り出し、アイルランドのブレンダン・スキャネル大使と交渉。民族や宗教が絡んだ紛争を見事に解決した。首相退任後はトニー・ブレア・フェース財団を設立。異なる宗教間の相互理解に務めているほか、中東など多くの国々で平和活動を行っている。

 この日もテロ撲滅の重要性を示し「世界が相互依存化することがグローバル化の特徴。右派も左派もない。心が開いているか、閉じているかどうか。創造性や、自由な考え方ができる環境を整えることが大事だ。どういうふうにグローバル化へ持っていくか、それがチャレンジなのだ」と語り、さらなる世界平和に向けて貢献することを誓った。 また、最後に登壇したフィリピンのラモス元大統領は基調講演をはじめるに当たり「かつて銃を入れていた」という両方の靴から、スピーチ原稿を取り出した。「今日は平和がテーマなので、銃はない」と渾身のパフォーマンスを繰り出した。

 大統領在任中には経済再建と憲法制定を行った。独裁政権下で混乱していたフィリピンを見事に再建させた実績を持つ。「フィリピン語で“ハンダ”という言葉は、“準備をする”という意味。サミットを準備してくれた半田先生に感謝します」と称えると、本題に入り「世界の何億人という人が貧しいのです。同じ“地球市民”として貧困と戦わなければならない。それぞれの国家が互いの違いを理解すること。完全に紛争がなくなることは無理だが、どう中立にもっていくかだ」と持論を展開した。

 もちろん3氏は国際スポーツ振興協会(ISPS)会長や日本ブラインドゴルフ振興協会名誉会長などとして、スポーツを通じた世界貢献に寄与している半田総裁との絆も深い。半田総裁は英国王立盲人協会副総裁であり、エリザベス2世とも三度謁見するなどと英国との縁も深い。

 またラモス氏とは、ゴルフボールを交換した友人のエピソードを明かし「ラモスさんは週に3回ゴルフをしている」と暴露、場内の笑いを誘った。「私は半分オーストラリア人みたいなもの」という半田総裁は、ハワード元首相ともがっちり握手を交わし、オーストラリアとの深い友好関係も示した。

 3氏のほかにも、会場には世界のオピニオンリーダーが集結した。

 パネリストの元米国務次官補カート・キャンベル氏が「アジア太平洋地域、中東で起きているドラマに対し、米国はどのように対処すればいいのか。信じられない投資をしてきたが、アジアの仕事を減らすことはできない。軸足を変え、同盟国と密に連絡を取ること」と言えば、米国のラルフ・コッサ・パシフィック・フォーラムCSIS理事長は「私は20年前に米国の軍事に関わっていた。今の日本の集団的自衛権はポジティブな平和主義への道だと思う」とスピーチした。

 米国勢の発言を受け、スペシャルゲストとして登壇した自民党の高村副総裁が「“キャンベルさんのお陰で、4年前より日米関係はよくなった”という話があったが同感です。私も72歳、4年後は高村がいたから日米関係がよくなったといわれるように頑張る」と話すと、会場は大きな拍手に包まれた。「憲法第9条第1項はいいもの。今の憲法の範囲内では、例えば米国にまで行って戦争することはできない。体験に学ばないものは愚者。歴史に学ばないものも賢者ではないでしょう。抑止力がないから国がほろんだということは歴史上あること。抑止力と最低限の集団的自衛権を認めたということだから、ご理解いただきたい」と熱弁を振るった。

 また、日本国際フォーラムの伊藤憲一理事長は「世界の政策を研究しているが、特に中東においてこれまでなかったような政策がなされている。日本は積極的平和主義が求められている」と提言した。東アジア共同体評議会議長の平林博氏は「世界の安全保障を含めた政治体制、経済体制を改革しなければ、グローバル化に対処できない」と意見を述べた。

 さらに、アイルランドのスキャネル大使は「欧州の国には教訓がある。日本は聖なるものとして憲法をとらえているが、多少の変化がないと」と持論。エジプトの外務次官
ヒシャム・バドル氏は「中東における日本の存在がますます大きくなってほしい。アラブ諸国は紛争が多くテロリストもいるが、現在はテロ国家や思想紛争のようになっている」と発言し、パネリストがそれぞれの立場から意見を述べた。

 各界のオピニオンリーダーは、いずれも交友関係にある半田総裁が招聘した。この日、東京に集結した国際舞台の第一線で活躍するリーダーたちによる熱い議論は、約4時間にも及んだ。 

 「もっとこういうサミットを開催したほうがいい。その時はハワード、ブレア、私の3人を必ず呼んで下さいね!」とラモス元大統領は半田総裁にリクエスト。その半田総裁は「シンポジウムは“辛抱ジウム”と言われるようにつまらないことが多いが、今回はサミット。話が脱線するところがまた面白い。まだまだ皆で話して朝まで続けたいし、これからもこのような素晴らしいメンバーを集めたい」と締めくくった。豪華メンバーがそろって記念撮影した瞬間はまさにハイライト。世界平和を願う人々が集った第3回「世界オピニオンリーダーズ サミット」は、閉幕が告げられても客席からの拍手は鳴りやまなかった。

 【主な参加者のプロフィール】

 ◆半田 晴久(はんだ・はるひさ) 1951年(昭26)3月18日、兵庫県西宮市
生まれ。兵庫県立鳴尾高、同志社大経済学部、武蔵野音大特修科卒。その後、オースト
ラリアでMA、中国の精華大、浙江大でPh.Dの学位を取得。「ISPS」会長。オ
ペラ歌手、画家、書家、能楽師などとしてマルチな才能を発揮。「強運」(たちばな出
版)など著書は280冊以上。芸術活動や神道家として活動する時は深見東州(ふか
み・とうしゅう)という通名を使用している。 

 ◆トニー・ブレア 1953年5月6日、英スコットランド・エディンバラ生まれ。オ
ックスフォード大卒。75年英国労働党入党。83年下院議員に初当選。94年7月労
働党党首となる。97年総選挙で400議席を超す大勝利を挙げ、20世紀最年少の4
3歳で第73代首相に就任。05年5月の総選挙では3期連続勝利を収め、首相3選を
決めた。07年6月辞任。

 ◆ジョン・ハワード 1939年7月26日、シドニー郊外アールウッド生まれ。シド
ニー大卒。57年自由党入党。74年連邦議会総選挙でベネロング区から立候補し当
選。85年自由党党首。95年にも再び党首になった。96年連邦議会総選挙で与党労
働党を破り、第25代首相就任。97年まで首相を4期務め、オーストラリア歴代2位
の長期政権を築いた。趣味はクリケット。

 ◆フィデル・ラモス 1928年3月18日、フィリピン・リンガエン生まれ。46年
米国に留学し、イリノイ州立大で工学学位取得。マルコス独裁政権に反対し、アキノ大
統領を支える。参謀総長、国防相を経て92年大統領当選。98年までの任期中に経済
の再建と和平に尽力した。プロテスタント。