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「超古代のミステリー」と秘鍵開示会

沖縄の与那国島沖の海底には、「人工物ではないか?」といわれる「遺跡」があることが知られています。いつの頃のものか、誰が作ったのか、まったくわかりませんが、どうみても大きな城郭か祭祀跡にしかみえません。古代史へのロマンをかきたてるミステリーです。

ところが、どうやら与那国島沖だけでなく、本島周辺にも大規模な遺跡があるようです。琉球大学の木村名誉教授らが、現在、本格的な調査を行っています。

これが事実とすれば、先島諸島にいたる南西諸島一帯の広大な地域に、かつて高度な文明があったことになり、しかもそれらが天変地変でほぼ完全に水没したことになります。


とはいえ、最近になって有名になってきたこれらの事実ですが、ワールドメイトの秘鍵開示会を受けた私たちにとっては、とっくの昔に知ってるものばかり。

「沖縄はかつて○○であり、○○が栄えていたが、○○があって、○○パーセントが水没した」という「歴史」を、深見先生は鮮やかに解き明かしておられます。ようやく、科学がそれに追いついてきたというべきでしょう。

シュリーマンが発見するまで、かつて、トロイという町があったことも、神話のひとつだと思われていました。遺跡発掘に全財産を費やそうとした彼を、多くの人が「正気ではない」と嘲ったものです。
同じように、深見先生が易々と解説される超古代文明の存在も、やがて科学者たちがすべて解明する日が来るでしょう。現時点では、それらを「荒唐無稽だ」という人もいますが、真実が明らかになれば、誰が本当のことを言っていたのかわかるはずです。

きっと、ワールドメイトの秘鍵開示会で明かされたことが、いかに正鵠を得たものばかりか、やがて世界中の人が知るようになるでしょう。現在、人工衛星などを駆使して、ものすごい速度で海洋や地底の開発が進んでいますから、それはきっとそんな遠くない将来のような気がします。

今から楽しみです。


そしてもうひとつ思ったことは、地面は沈むし、文明が消えることがあるということ。

沖縄沖に広大な領土を持ち、高い文明文化を謳歌した○○も、悲劇的な結末を迎え、水没して果てました。ムー大陸、アトランティス大陸、レムリア大陸なども、そうしてある日突然に消えてしまったのです。

過去にあったということは、これからもある可能性があるということ。

現在は、人類全体の劫の精算期ですから、戦争、恐慌、疫病、転変地変などが毎月のように起こっています。しかし、それらが調整されずに一気に噴き出せば、現在の世界文明も、一夜にして消滅する危険があるのかもしれません。少なくとも、そういうシナリオがあってもおかしくはない。

ワールドメイトの願い、深見先生の願いは、目前に迫ったそんな大悲劇を乗り越え、逆に超高度の文明を人類が謳歌する「みろくの世」を迎えるべく、大どんでん返しを起こすことです。

「あと一歩でダメになる」というところをギリギリで乗り越えるような苦しい時代が続いていますが、沖縄沖の先史文明の跡をみると、この先の最悪の場合に何が起きるのかを思い知らされるような気がします。実際、多くの預言者が、人類史の最後の最後に避けようのない最悪の悲劇が来ることを、はっきりと予言しているのです。そして、ついに「その時」がきたことを、多くの人が心のどこかで感じています。

しかし、たとえ、ほとんど「不可避」と思われる悲劇でも、それをひっくり返す一厘が、ここワールドメイトには降りています。それをやり遂げるために、神仕組みの主宰神としてあらわれた菊理姫様が、超絶した神力をふるっておられるのです。私たち人類のことを、誰よりも愛してくださる、凄まじい大慈母神のご登場です。

ですから、戦慄するような未来図の中にも、私たちは希望の光を見出しているのです。


そう考えれば、今のように、たっぷりと菊理姫様にお祈りする時間をいただけるのは、本当にありがたいことです。


不可避と思われる災いでも、到底解決困難な問題でも、絶大な神力で救っていただき、大逆転の大どんでん返しに持っていっていただけるはずです。菊理姫様だからこそ可能な、最後に残された救いの一厘です。


ですから今日もまた、白山氷見に祈らせていただき、本当にありがとうございます。




■沖縄本島沖に海底遺跡?=「壁」や「階段状構造物」-琉球大名誉教授が調査


 沖縄県与那国島の「海底遺跡」調査をしている木村政昭・琉球大名誉教授(海洋地質学)の調査チームは27日までに、沖縄本島中部沖の海底でも、壁などの人工的な構造物とみられるものを発見した。学会誌で既に発表しており、何らかの原因で水没した古代の「城郭」の可能性もあるとみて調べている。
 調査チームはダイバーらの情報を基に、沖縄県北谷町の沖合約300メートル付近を探査。水深約20メートルの海底を水中ロボットなどで調べたところ、数段になっている階段ピラミッド状の岩(幅約60メートル、高さ約15メートル)や、カメの形をした巨石があり、巨石の下には石棺のように内部が空洞の石が見つかった。
 階段ピラミッド状の岩の成分となっているサンゴ石灰岩は約2400年前、「石棺」の内部に敷いてあったサンゴ片は約1800年前のものと推定されるという。
 付近には高さ約10メートルの壁のような岩が見つかっており、調査チームは祭殿や王墓と、それを囲む城郭ではないかとみて調査を進めている。
 2~3世紀の日本列島には、立派な城柵などを持った邪馬台国があり、その所在地は北部九州とも畿内大和ともいわれる。海を隔てやや離れるものの、木村名誉教授は「当時の沖縄に城郭があってもおかしくはない。今後も海底遺跡の調査を進めたい」と話している。(2009/06/27-14:59)